捜査
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捜査(そうさ、Criminal investigation)とは、旧来的には、捜査機関が、犯罪があると思料したときに、公訴の提起及び維持のために、犯人(被疑者)及び証拠を発見・収集・保全する手続をいう。日本の刑事訴訟法は捜査を直接定義する条文を持たないが、捜査機関について定める条文の解釈として、一般的には、このように定義される(捜査機関を参照)が、現在では捜査そのものに独立した意義を見いだす説も有力であり、捜査が何のために行われるか、つまり捜査の目的に関しては、従来激しい見解の対立がある。捜査活動は行政作用であり、行政法の一般的な規律に服する。
なお、国税犯則事件の調査、公安調査庁・公正取引委員会・入国管理局・税関の調査などは捜査に類似するが、原則として行政上の処分を行うためのものであり、本来それらの結果が刑事手続に向けられたものではないため、捜査とは概念上区別されている。
目次 |
捜査構造論
捜査の構造論として、糾問的捜査観と弾劾的捜査観との二つの考え方が説明されてきた。
- 糾問的捜査観
- 捜査活動は執行機関が全て行い、被疑者はその客体に過ぎないとするものであり、被疑者は一方当事者としての立場ではないとする考え方である。戦前の旧刑訴法上はこの考え方に基づいた捜査活動、公判維持が行われてきた。国家による事実の究明活動という側面が強い考え方である。
- 弾劾的捜査観
- 捜査段階に於いても、捜査機関と被疑者が対等に争うもので、事実の解明は裁判でのトライアルによるものとする考え方であり、戦後の刑訴法はこの弾劾的な法制度が取り入れられたものである。
いずれの考え方の一方を取り入れればよいというものではなく、事実の解明・犯罪の防止・人権の尊重との調和の必要性が求められている。
捜査の独自性
近年においては「捜査の独自性」が有力に唱えられている。これは、元来、捜査の目的を「公訴の提起及び公判維持」に資することだけに限定することが現実の捜査活動と乖離していることに起因する。これによると、現実には捜査活動がそれ自体、独立して犯罪の予防・鎮圧・犯人の更生・平穏な社会生活の維持などの機能をも有しており、例えば身代金目的誘拐事件などが発生した場合、実際の捜査活動に於いては、「公訴の提起、公判維持」に資するための活動よりも、当然に被害者の救出が最優先になされるが、この救出活動は「生命身体財産の保護」それ自体を目的としているからといって、これを捜査の目的ではないとするのは不合理であるとする。(かような意味で、治安維持機能をも併せ持つ警察においての「警察捜査」の定義については佐藤英彦を参照。)
さらに、少年事件における捜査活動も当初から「公訴の提起、公判維持」を目的としているといえるのかという疑問も出されている。また訴訟条件が整わない場合に於いても捜査活動が行われることがありうる(後述・訴訟条件を欠く場合の捜査の許容性参照)ことから、捜査活動自体が持つ嫌疑の判断・事案の解明等の機能に着目したものである。それによると、公訴提起以前の段階である、事件性・嫌疑の有無を判断するための捜査が行われうるのであって、それに先だって「公訴の提起、公判維持」を目的とする活動が行われているとするのは現実にそぐわないとされる。そのため、捜査の目的を旧来の「公訴の提起・公判維持」に限定する考え方は不合理であり、また限定する必要性に欠けるとの批判が強い[要出典]。さらに、不起訴による刑事政策をも視野に入れた真実追究活動をいい、その一面として犯罪の予防・鎮圧の意味を併せ持つとの説もある。
捜査機関
捜査は、捜査機関によってなされる。刑事訴訟法が規定する捜査機関としては以下が挙げられる。
ほとんどの事件では、司法警察職員が捜査を担当する。この場合の捜査は司法警察活動とほぼ同義であり、主として犯罪の予防活動を目的とする行政警察活動とは区別される。もっとも、両者の法による規制は重なり合う部分が多い(司法行政活動と行政警察活動の区別に関する議論については、行政警察活動を参照)。また、検察官も独自の捜査権を持ち、いわゆる「特捜部」などに所属する検察官が直接捜査を担当する場合もある(検察官の捜査権参照)。
捜査の端緒
捜査は、捜査機関が犯罪があると思料したときに開始される(刑事訴訟法189条2項、191条1項)。捜査開始の原因となるもの(「捜査の端緒」)には次のようなものが挙げられる。
強制捜査と任意捜査
捜査は、強制捜査と任意捜査とに分けられる。
強制捜査
強制捜査とは、強制処分による捜査のことを言う。強制捜査の具体的内容としては、被疑者の身柄確保のための逮捕・勾留、物証を確保するための捜索・差押え・検証などがある。
なお、強制処分について、判例は
とする。有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段
– 最高裁判所第三小法廷昭和51年3月16日決定
この判例のうち「有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく」の部分は、従来通説であった有形力を用いる手段が強制処分であるとの学説およびこれに基づく被告人の主張への応答、「特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」の部分は強制処分法定主義[1]からの当然の帰結(トートロジー)であるため、その本質は(被処分者の意思に反する)重要な権利・利益を侵害する捜査手段という点にあると考えられている(通説)。しかし、「特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」という要件を判例が要求していることには、法学上批判が強い。
これに対して,重要とは言えなくてもある程度の権利・利益を侵害すればすべて強制処分であるとする見解もいわゆる「新しい強制処分説」と結びついて主張されている。新しい強制処分説とは、刑事訴訟法の規定しない強制処分であっても令状主義の要請が実質的にみたされる場合にはこれを許容すべきであるとの見解である。かかる見解に対しては立法論あるいは連邦憲法修正4条の下のアメリカ法解釈としてはともかく、日本法の解釈論としては無理であるとの批判がある。
なお、強制捜査が違法に行われた場合、その捜査で得られた証拠が証拠能力を有するか否かについては違法収集証拠排除法則の問題となる。
任意捜査
任意捜査とは、任意処分による捜査を言う。任意処分とは強制処分以外の処分をいい、一般的な意味での「任意」という言葉とは若干ニュアンスが異なる。
捜査は任意捜査が原則であり、特別な法的根拠を必要としない[2]ことから、任意処分については任意捜査の限界が重要論点として論じられる。
訴訟条件を欠く場合の捜査の許容性
訴訟条件とは、刑事訴訟法上、公訴を追行し、事件の実体審理及び裁判をするための要件をいい、このうち起訴(公訴の提起)のための適法要件を特に起訴条件ともいう。訴訟条件を欠く場合の例として、被疑者が死亡している場合、公訴時効が完成している場合、親告罪で被害者の告訴を欠く場合などがある。いずれの場合でも、起訴も公判維持もできない。
他方、捜査は、一般には、公訴の提起(起訴)及び維持(公判維持)を目的として行われるものであるとされる。つまり、訴訟条件を欠く場合には、起訴も公判の維持もできないことから、捜査の目的を満たしえない。このため、このような場合にも捜査を行うことが可能か、解釈上の議論の余地があるが、立法上、訴訟条件は捜査条件とは異なるため、合理的妥当性がある範囲内での捜査は許されると解され、訴訟条件が完全に欠ける場合の強制捜査は極力控えるべきであるとされる。
脚注
参考文献
- 平野龍一『刑事訴訟法』(有斐閣)
- 渥美東洋『刑事訴訟法』(有斐閣)
- 池田修/前田雅英『刑事訴訟法講義』(東京大学出版会)
- 桐山隆彦『警察官のための刑事訴訟法解説』(東京法令出版)
- 田宮裕『変革のなかの刑事法』(有斐閣)
- 田宮裕『捜査の構造』(有斐閣)
- 熊谷宏/松尾浩也/田宮裕編『捜査法大系』全3巻(日本評論社)
- 平良木登規男『捜査法』(成文堂)
- 佐藤英彦『治安復活の迪』(立花書房)
- 土本武司『犯罪捜査』(弘文堂)
- 安冨潔『演習講座捜査手続法』(立花書房)