不法行為
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不法行為法(ふほうこういほう)とは、ある者の行為(作為又は不作為)によって他者の権利・利益(生命・身体・財産等)が侵害された場合に、行為者に、被害者に対する損害賠償等の責任を負わせる法制度をいい、その対象となる行為を不法行為という。
- 民法について以下では、条数のみ記載する。
目次 |
総説
日本法では、故意または過失によって他人の権利・利益を侵害した場合にその損害賠償義務を負うという一般不法行為の制度(民法第709条)のほか、民法及び特別法に、必ずしも故意・過失を要件としない各種の特殊不法行為の制度が設けられている。不法行為は、民法学上、事務管理や不当利得と同じく、法律の規定により発生する法定債権として位置付けられている。不法行為責任は、契約責任と異なり、特定の相手だけでなく、不特定多数の被害者との間に生じうることに特徴がある。不法行為制度は被害者の救済のための制度であるが、被害者(原告)は不法行為があったことを自ら立証しなければならず、もし加害者に資力がなければ賠償金をとることができない。
参考条文
709条(不法行為による損害賠償)
- 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
一般不法行為と特殊不法行為
- 一般不法行為は原則的な不法行為を規定したもので、原告が被告の故意・過失を立証しなければならない過失責任主義をとっている。
- 特殊不法行為は立証責任が転換され、あるいは無過失責任の規定が設けられるなど一般不法行為における原則が修正されている。
被害者救済という同様の目的を達成するための制度としては賠償責任保険が発達している。
不法行為の成立要件
一般的成立要件
一般不法行為の成立要件は以下の通りである(709条)。
- 故意・過失
- 権利侵害(違法性の存在)
- 損害の発生
- 侵害行為と損害発生との間に因果関係があること
- 責任能力
- 違法性阻却事由(違法性が正当化される理由)がないこと
- 違法性阻却事由は不法行為責任の不成立を主張する被告側が主張すべき要件である。
故意・過失
故意と過失の意味は日常用語を基本に理解しても差し支えないが、過失については客観化され、心理状態としての過失(不注意)とはいささか異なる。また、刑法学において論じられる故意や過失とも異なる。刑法では故意犯と過失犯は別個の犯罪類型とされているが、不法行為においてはそこまで質的に差異を設けない(ただし賠償の範囲といった効果が異なる)。不法行為における故意は、結果(損害)発生を認識していながらこれを容認して行為する心理状態と説明される。これはほぼ日常用語における故意とかわらない。しかし、故意と過失の違いが、不法行為に及ぼす影響は賠償額の程度といえる。以下、過失概念を中心に見ていく。
過失とは何かについては変遷がある。はじめは日常用語としての意味と大差ない「不注意」の心理状態(損害を予見して注意深く行動すべきだったのにしなかった状態)と考えられたこともあったが、次第に行為義務違反として客観化される。つまり、過失とは損害が予測できることを前提に(予見可能性)、その予見できた損害を回避する行為義務(結果回避義務)を怠ったことを意味するとされた。よって損害の発生について予測不可能であれば不法行為責任を負うことはなく、予測可能でも損害発生を回避するための対策を十分に講じていればやはり不法行為責任は発生しないことになる。
予見可能性の成立要件は近時、緩和傾向にある。まず、予見するための研究・調査義務(予見義務)を課すことで、予見可能性の成立要件が緩やかにされている。また、予見可能性の基準を当事者の具体的な予見可能性に求めるのではなく、事業者として求められる客観的な予見可能性となることで、被害者の立証責任は緩められることとなる。
どの程度の対策を講じれば結果回避義務を全うしたことになるのかは、加害者の職業や状況における一般通常人ならばできたであろう行為を基準に判断される。また、1.侵害される利益の重要性、2.結果発生の蓋然性と、3.行為義務を課すことによって犠牲となる利益を比較して、1と2の方が大きいとされる場合には「過失あり」とするような定形化の試み(ハンドの定式)も見られる。結果回避義務は大きく1.絶対的な結果回避義務が要請される場合と2.相当の注意程度の結果回避義務が要請される場合の2つに分けられる。
また、過失は加害者の行為が専門的であればあるほど立証が難しい(典型は医療行為)。このため特別規定で立証責任を転換したり、判例法理で「予見義務の主張」や「過失の一応の証明」をしたりして被害者の証明の負担を軽減することがままある。
権利侵害(違法性)
権利侵害があったことは709条において不法行為成立のための要件としてあげられている。かつては同条にいう「権利」の意味をめぐって論戦が繰り広げられていたが(その過程でこの要件を「違法性」と呼ぶことも多くなった)、実際の裁判上有意な要件として機能していないと指摘される。学説では、過失の有無の判断に取り込む見解と、過失には含みきれない要素として一応の存続を主張する見解がある。
「権利」の意味を巡る論争は桃中軒雲右衛門事件に始まる。これは有名な浪曲師であった雲右衛門の浪花節をレコード化したが、別の業者が勝手にレコードを複製販売したことに対して損害賠償を求めた事件である。このときに大審院は浪花節は著作権法上の著作権で無ければそれが侵害されたとしても不法行為による損害賠償請求をすることができないと判示した(大刑判大正3年7月4日刑録20輯1360頁)。つまり、709条にいう「権利」とは法律上の権利であると考えたのである。
しかし、この判断は後の大学湯事件で変更される。この事件は「大学湯」というのれん(老舗ともいう)に対する侵害について不法行為責任を追及したものである。原審は「のれん」が法律上の権利ではないという理由で不法行為の成立を否定したが、大審院は709条の「権利」とは不法行為による救済を与えるべき利益のことであるとして「権利」を広く解釈した(大判大正14年11月28日民集4巻670頁)。これら不法行為の法益を広く捉える議論は2004年の民法改正において法文に取り込まれ、「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ…」という709条の規定が「故意又は過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は…」と改正された。
末川博は権利侵害の要件を違法性とするように主張し、我妻栄による学説を経て、権利侵害の要件を違法性と捉えるのが通説的な立場とされた。この立場に影響を受けた立法例として国家賠償法第1条1項がある。しかし、ドイツ法とは異なり、日本の不法行為法(709条)に「違法性」概念は用いられていない。そのため、ドイツ法に由来する「違法性」概念をあえて日本法で持ち出す必要はないとする、有力な異説も存在する。
過失と権利侵害(違法性)の一元化
上述の通り、過失の要件は、主観的な要素(加害者の不注意等)ではなく、客観的な要素(予見可能性に基づく結果回避義務違反)を基礎として判断されるようになった。それに伴い、過失の要件と違法性の要件は、その内容にほとんど違いがなくなったことが指摘されている。
すなわち、違法性判断における違法性とは、<結果を発生させた加害者の行為が不法行為法上違法と評価されるか>の問題である。これを権利に重点を置いて言い直せば、<侵害された被害者の権利・利益が不法行為法上保護されるべきか>の問題であるとも表現できる。ここで「違法」や「権利侵害」の意義が問題となるが、判例によれば、ここにいう「違法」ないし「権利」は法律上の権利に限られないとされており、現在これに異論はないと思われる。そうすると、不法行為法上の違法とはいっても、不法行為法においては、刑事法のような違法な行為類型についての明文の規定があるわけではなく、また行政法のように行政行為に根拠規定が必要とされてそれを欠けば違法となるわけでもないので(刑事法では「殺人罪」「傷害罪」「窃盗罪」等、明文の規定がある。また、根拠規定を欠く行政行為は「違法な」行政行為である)、どこまでが不法行為法上の違法となるのか一義的には決まらない。結局、ここでは、損害の公平分担や被害者救済、不法な侵害の抑止といった不法行為法の基本理念に基づき、加害者側の行動の自由と被害者側の権利利益の保護との均衡点を探ることが期待されていると解される。具体的には、侵害された利益の性質や重要性、侵害の程度、加害者の立場・地位、あるいは侵害を避けるために必要な費用等の諸要素を総合衡量した上で、加害者の行為が違法か否か、あるいは、侵害された権利・利益が不法行為法上保護されるべきか否かの判断をすることとなる。
他方、過失の要件が客観化され、結果回避義務違反として捉えられた場合、その判断においても、上記と同様のことが言える。なぜなら、過失判断における結果回避義務とは、<発生した侵害を避けるべき不法行為法上の義務があったか>の問題であるが、こうした不法行為法上の義務は刑法や行政法のように明文で規定されているわけではなく、一義的には決まらないので、結局、上記のような総合衡量に基づき判断するほかないからである。
こうして、過失概念が客観化されたことにより、その要件は違法性の要件とその大部分が重複するに至ったといえる。
このように、過失の要件と違法性の要件が重複するに至り、どちらか一方に一元化しようと試みる動きが学説に見られるようになる。
これに対し、通説・判例は過失の要件と違法性の要件を別々に維持している。その理由の一つとして、両者はその大部分が重なり合うのは確かだが、なおそれぞれ重なり合わない独自の要素を有していることがあげられる。また、両者を別個の要件と維持することによって、過失が認定しにくい場合には違法性を積極的に認定し、あるいは、違法性が認定しにくい場合には過失を積極的に認定することによって、事案に即し、柔軟に不法行為成立を認めることができるという利点をあげることができる。
損害の発生
何をもって損害が発生したと見るかについては争いがあり、大きく分けて差額説と損害事実説の2つの立場がある。前者は「仮に加害行為がなかった場合の被害者の財産状態(α)」を想定した上で「現在の被害者の財産状態(β)」との差額(α-β)を「損害」と捉えるのに対し、後者は発生した事実そのもの(たとえば、被害者の死亡の事実そのもの)を「損害」と捉える点に違いがある。
差額説は要するに損害を金額で捉えようとする立場であるが、これは不法行為責任が金銭による損害賠償を中心とする点からすれば極めて素直な立場であるし(加害者にいくら賠償させるかは、被害者が加害行為のせいでどれだけ余計な出費をさせられたかによって決めるのが素直であろう)、すべてを金額に置き直す点で明確に損害を確定できそうに思われる。
しかし、精神的苦痛など必ずしも金額的損害があるとはいいにくい場合でも、これに対する賠償(慰謝料請求)を認めるのが一般的見解であるが、差額説によると、必ずしもその理論的根拠が明らかでない。また、被害者が死亡した場合には将来の給与収入等(α)も損害の一項目として計算される(α-β;本来αの収入があったはずなのに、それが加害行為によってβに減ったから。逸失利益と呼ばれる)。しかし、将来の収入等(α)はあくまで仮定的な財産状態に過ぎないため、差額説によった場合、どこまでが加害行為に起因する逸失利益なのか、加害行為と損害との間の因果関係の画定が容易ではない。
こうした難点を克服すべく、損害事実説、すなわち、発生した事実そのものを「損害」と捉えるべきであるという説が出てきた。この立場によれば、精神的苦痛を「損害」とすることは無理なく理解できる。また、逸失利益の計算も、損害(たとえば、被害者の死亡の事実)の金銭評価にすぎないこととなるため、差額説で問題となった加害行為と逸失利益との間の因果関係の存否も理論上は問題とする必要がなくなる。
もっとも、この立場によっても、不法行為責任が金銭による損害賠償を中心とする以上、賠償額を決定する上で損害額がいくらか決定せざるを得ず、損害を金銭に評価しなおすことは避けて通れない。そうすると、具体的金額を算出するためには、結局のところ差額説に立った場合と同様、どこまでを逸失利益と評価すべきか画定せざるを得ず、損害事実説が差額説に対する批判を十分に克服できているかどうかは疑問が残る。
以上の2説のうち、差額説が伝統的な理解であり、裁判例も基本的にはこの立場を採っているとされる。
ただ、裁判所では、裁判ごとに認定額にばらつきが生じるのを防ぐべく、事案に応じた相場表のようなものを用意している。そして、損害額の認定においては、同表を参考にしたうえで、慰謝料等の損害項目を用いて金額調整が図られているようである。この点からすると、実際の裁判実務は損害事実説に近い運用がなされているといえるかもしれない。
因果関係
発生した損害と加害者の行為との間に因果関係がなければならない。
「あれなければこれなし」という関係(事実的因果関係)だけでは際限なく関連性が認められる場合もある。これを防ぐために適切と思われる範囲で制限するため、社会通念上、その行為がなければその損害が生じなかったことが認められ、かつ、そのような行為があれば通常そのような損害が生じるであろうと認められるような関係、つまり、相当因果関係(不法行為)という概念が用いられる。
なお、刑法においても相当因果関係という概念が用いられるが、不法行為法上のそれとは必ずしも同一ではないので注意が必要である。いずれも、無限定に広がりかねない因果関係を限定することによって、行為者に帰責すべき結果を相当な範囲に限定しようとする点において、同様の意図に基づくものといえる。しかし、それが具体的にどのような場合に認められるかについては、不法行為法上も、刑法上も、依拠する立場によって少しずつその範囲を異にする。
責任能力
不法行為責任を負うには責任能力がなければならない。責任無能力者が責任を負わない場合には監督義務者の責任が問題となる(714条)。
- 未成年者は他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない(712条)。
- 精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意または過失によって一時的にその状態を招いたときは損害賠償責任を負わなければならない(713条)。
- 未成年者や精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う(714条1項本文)。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、またはその義務を怠らなくても損害が生じたであろう場合には責任を免れる(714条1項但書)。なお、監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も監督義務者と同様の責任を負う(714条2項)。
違法性阻却事由
違法性阻却事由が存在する場合には不法行為は成立しない。違法性阻却事由には正当防衛や緊急避難などがあるが、それぞれ刑法上の正当防衛や緊急避難とは要件などが異なるので注意を要する。
正当防衛
民法上の正当防衛とは、他人の不法行為に対して自己や第三者の権利あるいは法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をしてしまうことであり、この場合には不法行為による損害賠償の責任を免れる。ただし、この規定は被害者から不法行為者に対して損害賠償を請求することを妨げるものではない(720条1項)。
詳細は「正当防衛#民法上の正当防衛」を参照
緊急避難
民法上の緊急避難とは、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷してしまうことであり、正当防衛の場合と同じく不法行為による損害賠償の責任を免れる(720条2項)。
詳細は「緊急避難#民法上の緊急避難」を参照
不法行為の効果
不法行為の一般的効果
不法行為の一般的効果は次の通りである。
- 損害賠償義務の発生
- 不法行為が継続的なものである場合にはその差し止め
損害賠償の方法
損害賠償は金銭賠償が原則である(722条1項・417条)。原状回復などの特定的救済は名誉毀損の場合(723条)などに例外的に認められる。
損害賠償の内容
- 慰謝料(財産以外の損害の賠償 710条)
- 近親者に対する損害の賠償(711条)
過失相殺
不法行為責任において、被害者側に過失が認められる場合であっても、裁判所は、それを賠償額の計算に反映させず、損害額全額を認容することができる(722条2項)。
これに対し、債務不履行責任においては、裁判所は、これを必ず認容額の計算に反映させなければならない(418条;両条文の文言の違いに注意。)。
これは、不法行為責任においては、被害者救済の見地から、裁判所により広い裁量を認める趣旨の規定であって、債務不履行責任との大きな違いのひとつといえる。
過失相殺を行うには、未成年者の場合、責任能力がなくとも事理弁識能力が備わっていれば足りる。
損害賠償請求権の行使期間
- 損害賠償請求権について民法は「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする」と規定する(724条)。
- 724条前段の「被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間」については消滅時効の時効期間であると解されている。消滅時効の起算点は「被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時」とされている(724条前段)。損害を知った時について、判例は受傷時に予期できなかった後遺症については後日治療を受けるようになるまでは治療費用の時効は進行しないものと解している(最判昭和42年7月18日民集21巻6号1559頁)。また、加害者を知った時については「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知つた時」を意味すると解されている(最判昭和48年11月16頁民集27巻10号1374頁)。
- 724条後段の「不法行為の時から二十年」については除斥期間を規定したものと解されている(最判平成元年12月21日民集43巻12号2209頁)。除斥期間の起算点は「不法行為の時」とされているが(724条後段)が、判例は身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害される場合で、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病など、加害行為から相当期間たってから損害が発生する場合は、損害発生時から起算するとしている(最判平成18年6月16日民集60巻5号1997頁)。
請求権の競合の問題
債務不履行責任との関係で、ある行為が不法行為責任と債務不履行責任の両方の成立要件を満たす場合には請求権が競合することになる。この場合、被害者は加害者に対して、不法行為責任を追及することも、債務不履行責任を追及することもできるとされている(詳しくは訴訟物を参照)。
行政上の不法行為責任
民法上の不法行為責任(709条以下)の特則として、国家賠償法が用意されている。
関連項目